Interview

情報収集の多様化やデバイスの進化を見据え、いかに「データ」をアーカイブしていくか ── 公共文化施設Web担当者座談会【後編】

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プラットフォームとのつきあい方、特設サイト、多言語対応などの「悩ましい課題」

──引き続き、サイト運営の難しさや課題についてお聞きしたいと思います。最近は「Googleマップ」などのプラットフォームを通じた情報収集も当たり前となっていますが、情報を提供する側として難しさは感じていますか?

工藤様:
現美が展示入替期間などで休館になるときに「Googleマップ」の情報が「開館」になっていたので、何度も修正依頼をかけたのですが、またすぐに「開館」に変わってしまって外国人観光客が数多く来館してしまったことがありました。また、「Googleマップでは混雑状況が可視化されているのになぜサイトに表示されていないのか」というご意見をいただいたこともあります。

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渡邉様:
YCAMも映画上映をやっているのでよくある問題ですね。山口近郊で上映される映画の情報をクローリングして表示しているようで、その情報がたまに間違えていることがあるのですよ。何回かGoogleにも問い合わせたのですが、プラットフォームが間違って掲載した情報を、情報元としてどうやって修正したらいいのかわからないし、お客様からはクレームの電話がくるし、WebサイトよりもGoogleマップの方を信頼するので、難しさを感じています。

ただ、デバイス側やWebの進化を鑑みて、今後はWeb上のデータベースをもとに、利用者に必要な情報を端末側でインターフェースにまとめていくようになると思うので、個々の企業や施設などのWebサイトはわざわざアクセスしにいく場所ではなくなるのではないかと思っています。そういう意味では、こちらとしてはいかに正しいデータをストックしていくかが重要なのかなと思います。

──情報の更新、正確性の担保という意味では、「特設サイト」の問題をどのように見ていますか? 特に、文化施設ではイベントごとに特設サイトを作るケースがあると思います。そのときの技術の粋を集めて作ったものが、後になって「技術的遺産」のようなセキュリティの問題を引き起こしたり、メンテナンスが難しいといった問題も聞かれます。

工藤様:
新聞社などのメディアと共催する大きな企画展で、特設サイトを用意するケースがあります。ただ、特設サイトと現美で掲載情報が2つあるので、確認を2度やらないといけないし、更新のスピードが遅くなるのも課題ですね。2023年に開催した「デイヴィッド・ホックニー展」では特設サイトを制作せず、現美のサイトに一元化しました。更新もしやすいし、後のアーカイブを考えるとメリットが大きいと思いました。

一方で、見せ方として、現美のサイトは1ページでスクロールダウンして情報を見せるので、必要な情報にどうアクセスしやすくするかというのは難しい部分です。

曽山様:
未来館でも特別展は共催するメディア側が特設サイトを用意します。未来館が単独で主催するイベントは特設サイトも多く作っていましたが、現在は減少傾向にあります。当初はイベントの傾向に合わせて力を入れて作るものの、イベントが終わった後のケアを定常的に行っていくことが難しく、特設サイトの情報を簡略化して未来館サイトにアーカイブし、特設サイトを整理していくことも行っています。

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──サイトの多言語対応という部分ではどうしょうか。

渡邉様:
YCAMでは、新作を伴う規模の大きいイベントに関しては、基本、英語と中国語、韓国語で対応しています。

工藤様:
それは内製スタッフで対応しているのですか。

渡邉様:
外国人スタッフにネイティブチェックをお願いすることはありますが、翻訳は基本、外注しますね。

最近は機械翻訳の精度が高まっているので、それを逆手にとって「このページは機械翻訳を使って翻訳しています」とあえて表記する方向に持っていくことで、翻訳がされているページの範囲を拡大したいとも考えています。さっきのGoogleの話もそうですが、機械がインターフェースはもちろん、コンテンツすらも作る時代が確実に来ていると感じています。そこに対する説明をきちんと行い、その上で積極的に利用していくのがいいのかなとは思っています。

──Webサイトのコンテンツは右肩上がりで増えていくので、翻訳量も増えるし、コストにも反映されますしね。

渡邉様:
そうですね。もう一つ、この座談会を最初に設定したいと思った理由に、コストへの対応があります。我々は法令改正だ、対応の努力義務だといわれることはあっても、その対応のために特別に予算がつくわけではないじゃないですか。

もちろんコロナ禍の時には感染症対策という名目で、機材を整備するための補助金が出ると言うケースがありましたが、アクセシビリティ義務化に対しても柔軟性の高い補助金などの仕組みがあれば、対応もさらにしやすくなると思うのです。さらにいえば、この業界は業界団体が、劇場とか美術館、科学館といった括りで分かれていて、似たような問題意識や時代感覚を持って活動している施設・団体がうまく横に繋がれない。我々のような施設が繋がって、働きかけていくと、未来館のようなWebサイトが、日本各地に拡がっていくと思うのです。その意味でロビーイングの必要性をすごく感じますね。

公共文化施設の「DX」はまだ道半ば

──では、続いてIT運用体制という点でお聞きします。皆さんは内部にプロパーの情シス担当者はいるのですか。

渡邉様:
YCAMは内部にシステムエンジニアが2人います。サーバー用の部屋もあって、一部のWebサーバーは内部で運用しているので、細かいアレンジが効くというメリットがあります。

曽山様:
JST本部にも未来館にも情報システム関係のセクションがあります。未来館にはWeb、ネットワーク、システムの担当がそれぞれいて、未来館Webやネットワーク環境の整備のほか、スタッフのPCやオンラインサービスの不具合などにも迅速に対応してくれます。また、全スタッフへの情報セキュリティ研修なども行ってくれるので、とてもありがたいです。

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工藤様:
うらやましいです。本来はシステム関係の専任がいるべきだと思うのですが、私などITに全然詳しくないのに、対応しているので。

渡邉様:
インフラ面では、YCAMは山口県でトップクラスにインターネット環境に恵まれているかもしれないです。専用線も引かれていて公衆無線LANもあります。このおかげで、展示の中にも、インターネットを組み込んだものを積極的に設けるなど、自由度の高い運営ができていると感じています。

──公共文化施設のDXはまだ進んでいないと思いますか。

渡邉様:
まだまだフロンティアですね。YCAMは情報メディアテクノロジーが活動の中で重要なエッセンスとしてあるから、たまたまそれがしやすかっただけです。基本的にコミュニケーションツールはSlackですし、決済も早い段階から電子化しているのですが、市から出向でYCAMにきている職員の方はその文化についていくのには時間がかかる傾向にあるようです。

工藤様:
コミュニケーションツールについては、先日出席した当館を管理運営する東京都歴史文化財団の広報担当者会でも、セキュリティが担保されたツールを財団で契約した方がいいという議論が出たところです。

渡邉様:
YCAMは市の施設なので、ツールの自由度は高いのですが、メールアドレスもストレージも全部Google Workspaceを使っているので、決裁文書とかもGoogleのサービスの中に保管している状況で、これは近年の巨大IT企業の規制などの潮流を考えるとよいことなのだろうかと思うことはあります。一方、利便性の高さも無視できない。マイナンバーカードとGoogleアカウント、なくなったらどちらが困るかといったらGoogleのアカウントの方が困るという人がいてもおかしくないくらい、影響力は大きいですよね。

どのチャネルで、どのようにお客様とコンタクトを取るべきかは悩ましい問題

──皆さんの施設ではSNSとどのように関わっていますか。SNS運用でお感じにあることを教えてください。

渡邉様:
お客様とのコミュニケーションのチャネルが増えるという意味ではSNSはすごくよいと思います。一方で、シビアな側面というか、「あいちトリエンナーレ」の企画展『表現の不自由展・その後』が中止に追い込まれた件にあるように、俗に言う炎上みたいなものが、リスクとして増えてきていると感じます。それに対してYCAMとして積極的な対策を取っているわけではないのですが、WebサイトやSNSの運用で、その辺のリスクはうまく軽減、回避したいと思いますね。もちろんSNSについてはよいエピソードもたくさんあるのですが。

工藤様:
個人的な感覚では、XよりもInstagramの方が平和というか、あまり気を使わずに更新できるなと感じます。Xは、炎上しないか非常に気を使いますね。

渡邉様:
昨年、愛知県芸術文化センターが開催している「劇場職員セミナー」に参加して、劇場職員の人たちが集まるカンファレンスで話させてもらったのですが、同じような話しがあって、本音を言うとXから撤退したいという施設は多い印象を持ちました。プラットフォームの仕様なのか、悪意が増幅しやすいというか、そういうプラットフォームの運用に携わっていること自体が、将来的には公共文化施設としてのブランドイメージに関わるのではないかという議論や、公共の文化施設として違う形の発信の仕方を考えなければならないという議論は、結構多かったように思います。そして、自分としてもそれは理解できるところがあるなと。

工藤様:
YCAMはFacebookやInstagramはやっているのですか。

渡邉様:
Facebookはアカウントは持っていますが、Instagramの広告を使うためだけの位置づけですね。

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曽山様:
未来館もあまりSNS広告は利用していないですね。たまに特別展関係でInstagramなどのSNS広告を配信するケースはあります。

工藤様:
最近は、メールアドレスではなくSNSがIDになりつつあるのかと思うことがあります。コミュニケーション手段としてメールが薄れつつあるというか。

渡邉様:
インスタのアカウントはあるけど、メールは使ってないということですね。確かに、おっしゃる通りだと思います。幸い、現状はSNSの登録にメールアドレスが必要だと思うので、何かしらのアドレスは持っていると思います。ただ、やがてそのあたりは統合されるというか、メールアドレスとは異なる形での、個人を識別するIDが求められてくるという気はしますね。

工藤様:
問い合わせ窓口をどうするか、というのは結構な悩ましい問題なのですね。この間も、Instagramの公式アカウント宛に、中学生からDMで問い合わせをいただいたことがありました。公式アカウントでは個人間のやり取りはできないポリシーになっているので、返信はできないし、誠実な問い合わせには何とか対応したい。

結果として、代表電話にお電話をかけてくれたので対応できたのですが、どのチャネルで、どのようにお客様とコンタクトをとるべきか、というのは今後悩ましい問題でもあるなと実感しました。

デバイス側の技術革新を見据えながら、「データ」を整備、アーカイブしていくことが大事

──ありがとうございます。お話は尽きないところですが、最後に、これからのWebサイトの役割がどう変わっていくかについて、それぞれのお考えをお聞かせください。

渡邉様:
逆説的な話になるのですが、Webサイトの役割というのは減っていく、徐々に減らしたいと考えています。YCAMの役割を考えてみると、アートセンターという活動趣旨についても、年数を経て、山口市の町づくりや教育、芸術文化の周辺領域の施策の推進役というように、徐々に抽象化されている部分があります。その中で、建物自体の耐用年数などを考えたときに、今後は山口市に文化的な規範、レガシーを残していくことが重要だと個人的には考えています。

その意味で、本当に重要なのは、これまでの活動に触れるための機会を残しておくこと。具体的には写真や映像などの作品を取り巻く様々なデータをきちんとホストしておくことが重要で、Webサイトそのものは、そこまで重要な位置づけではなくなっていく。データを構造化しておくことで、今後の技術の進展に応じて、Webとは限らない形でユーザーが情報を入手できる可能性を残せると思うので、そういう将来像を見据えておくことが重要なのかなと思います。

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曽山様:
Webのアクセシビリティという点で技術的に期待したいことは、人によって異なる見やすさや操作のしやすさに対応し、自動で切り替わるサイトです。たとえば、1つの更新作業で弱視の方が見やすいページや、全盲の方が聞き取りやすい音声読み上げページへ自動変換されるなどのサイトができれば、サイト管理者側、ユーザー側双方にとって幸せな世界が訪れるのではないかと思います。

──ハンデがある人向けのレシレスポンシブサイトのようなものですね。ありがとうございます。工藤さんはいかがですか。

工藤様:
Webサイトについては、もうシンプルに日々の更新を継続することが重要だと思います。デバイス側の進化にも期待しながら、私たちが整理された情報を作ってアーカイブしていけば、デバイス側で様々な人に最適化された言語、背景色、画像、音声読み上げなどを実行してくれるような世界が到来するのを期待しています。

──コルシスはこれまでCMSを作ってきましたが、Webサイトの「中身」は作れないという思いはあって、サイトを運営する皆さんにとって画像や原稿や情報が入れやすくする「よりよい器作り」を今後も頑張っていくことが求められる役割だと感じています。本日は貴重なお話をありがとうございました。

コルシスでは、このような文化施設の方々を交えた座談会の第2回も計画しています。もしご興味がある文化施設のWeb担当者の方がいらっしゃったらお問い合わせください。

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