Interview

法令改正によるアクセシビリティ義務化、変化するWebサイトの役割にいかに対応していくか ── 公共文化施設Web担当者座談会【前編】

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2024年4月1日に障害者差別解消法の改正法が施行され、事業者には「ウェブアクセシビリティに関する合理的配慮の提供」が義務づけられた。法令対応や、新型コロナウィルス感染症という大きな社会情勢の変化を経た今、公共文化施設はどのような課題に直面しているのでしょうか。今回、山口情報芸術センター(YCAM)、東京都現代美術館(現美)、日本科学未来館(未来館)という3施設のWeb担当者に集まってもらい、Webサイトの役割の変化や公共文化施設として課題に感じていることなどを話し合ってもらいました。

文化施設のWeb担当者3名が鼎談

──本日、集まってもらった3施設は公共文化施設という共通点があり、また、いずれもCMSはMovable Typeを利用し、COLSISがサイトリニューアルを担当した施設でもあります。2024年4月1日に障害者差別解消法の改正法が施行されました。公共施設として「ウェブアクセシビリティの義務化」は大きなインパクトだと思います。また、今回、東京と山口という環境の違いこそあれ、情報提供の手段としてWebサイトの役割や運用面での課題など、相違点や共通点について意見交換してもらいたいと思い、集まってもらいました。

まずは、お集まりいただいたお三方の自己紹介、どんな業務を担当しているかについて、教えてください。

渡邉朋也様(渡邉様):
山口情報芸術センターの渡邉です。YCAMで開催される様々なイベントの記録物、たとえば写真や映像などの撮影をコーディネートしています。また、YCAMは作品を制作する場でもあるので、作った作品を保存し後世に伝えていく、そうしたプロデュースも手がけています。2015年にYCAMのWebサイトのリニューアルを担当して、その後、現在に至るまで運用を担当しています。

曽山明慶様(曽山様):
日本科学未来館の曽山です。2011年、震災の直後に入職して、今の広報のセクションに異動したのが2014年です。その2年後からWebの仕事に徐々に携わるようになりました。Web以外では、主に常設展や特別展、イベントの広報担当として、プレスリリースの配信や取材対応などを行っています。

工藤千愛子様(工藤様):
東京都現代美術館の工藤です。現美は2019年の3月末にリニューアルオープンしましたが、その大規模改修工事期間中、2017年の12月からこの美術館の広報として働き始めました。リニューアルオープンに向けたサイン計画や、Webサイトのリニューアルなどにも携わりました。現在、広報チームは3人いるのですが、企画展の広報物の制作、Webサイトの更新やSNSの発信など美術館のあらゆる広報に関する仕事を担当しています。

Webサイトは美術館全体の情報を集約してアウトプットする役割の一つを担っているので、サイトのリニューアルを担当したことは、今の広報の仕事にも生きているなと感じます。

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改正個人情報保護法や障害者差別解消法など法令対応に伴う改修作業に直面

──ここ数年における、それぞれWebサイトを取り巻く状況の変化をテーマにお話しを進めたいと思います。新型コロナウィルス感染症の5類移行から1年以上が経過しました。また、上述した障害者差別解消法の改正法施行にともなうアクセシビリティの改善も大きなテーマだと思います。そのあたりで感じることを教えてください。

渡邉様:
コロナ禍の最中はオンラインのイベントが増えました。トークイベントの配信のようなものから、オンライン上での展覧会や公演もありました。つまり、Webサイトが情報発信のプラットフォームとしてだけではなく、イベント会場としての役割も帯びる中で、環境整備や改修をコルシスの皆さんと取り組みました。ただ、コロナ禍の状況が徐々に落ち着いてきて、今はオンラインのイベントは以前ほどやっていないですね。

現在はむしろ、障害者差別解消法改正をはじめとする各種法令への対応が急務だと感じています。

曽山様:
未来館でも、義務化されたウェブアクセシビリティへの対応が大きな変化となっています。音声読み上げや、弱視の方の視認性の確保など、機能面での実装が主なテーマで、実際に専門の業者にサイトをレビューしてもらい、課題点を抽出して改善する取り組みをコルシスと一緒に行っています。

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渡邉様:
YCAMも同じような対応を進めていかなければならない状況で、未来館の事例をめちゃくちゃ参考にしています(笑)。

──工藤さんはアクセシビリティについてはどのように取り組んでいますか?

工藤様:
現美もアクセシビリティは大きな課題で、今年度もいくつかWebを改修しなければならないということで、多様なユーザーの視点でサイトを検証してますが、その難しさに直面しています。

というのも、人によって求めているものが異なるので、「あちらを立てればこちらが立たず」という感じで、すべてを同じところに共存させることが難しいなと感じています。誰にとってもわかりやすい情報提供の基盤づくりをめざし、美術館に来るための基本的に知りたいことがわかりやすくタイムリーに更新されているサイトが作れたらいいなと思っています。

JIS基準準拠といっても閲覧する人にとっての最善を考える必要がある

曽山様:
未来館における最近の取り組みとしては、「MIRAI-Bit」というオンライン展示体験サイトがあります。これは、未来館の展示を実際に来館しなくてもデジタルで体験できるもので、たとえば、老化による目・耳・運動器・脳の変化を疑似体験できる常設展示「老いパーク」では、そのコンテンツの一部をオンラインで体験することができます。

さらにAIによるチャット機能もあって、オリジナルキャラクター“AIビット”との会話を楽しみながら、テーマごとの「問い」への回答に向けて、”思考のウォーミングアップ”ができる仕掛けになっています。

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工藤様:
音声読み上げ機能などは、デバイス側の機能がどんどん改善されていくスピードを考えると、自分たちのサイトにその機能を搭載する必要はあるのかな、思ったりします。維持費もかかるし、アップデートが必要ですし、サーバーへの負荷もかかります。デバイス側の読み上げに対応する綺麗なサイト作りをしておくことの方が重要なのではと考えます。

JIS基準(JIS X 8341-3:2016)に準拠をどう対応するか、Webをつくる人、閲覧する人にとって最善を丁寧に考える必要があると思います。そうでないと、どれも同じようなフォーマットのサイトになってしまいそうです。

現美は複合的に、あらゆる情報を扱っており、かつ即時性のある情報と長期的にアーカイブする情報があるので、情報整理の難しさを感じています。端末側の機能の進化を見据えながら、現美としてのデザインを保持しつつ、サイトの作り方を模索しているところです。

法改正前からアクセシビリティ改善の議論は少しずつ進めてきた

──アクセシビリティ改善の取り組みは、今回のような法令改正のほかにはどんなことが契機になるのですか?

渡邉様:
Webサイトの話からは一旦逸れますが、例えば市議会議員の方から、当事者の団体の声を受けてYCAMの建物の機能や提供、展開している事業の内容に関して改善の要望をいただくケースがあります。館内の階段の手すり部分が、視覚に障害をお持ちの方にとって使いにくいとか、曲がり角が尖っていて危険だとか、そういう部分を適宜改修することが、これまでもありました。

他にも障がい者の方の館内利用に関する研修を受けて、自発的に対応する問題もあるので、複合的な要素がありますね。

曽山様:
未来館のWebのリニューアルは2020年ですが、改修自体の議論は2018年ぐらいから少しずつ進めてきました。未来館は国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の一部署という位置づけなので、本部の方から規定について指示される場合があります。たとえばQRコードにURLを併記するとか、あとは未来館側で独自の基準を達成するように整備を進めるケースもあります。

アクセシビリティについては、未来館の中に専任のプロジェクトがあって、展示やイベント、来館者サービスなどの各担当と連携しながら、足りていないところを指摘したり、改修を進めたりしています。

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工藤様:
外部の人にも参画してもらうケースがあるのですか。

曽山様:
当事者の検証などは外部の人に入ってもらうケースが多いです。内部でも推進しますが、外部の人に見てもらった方がよいという判断があれば、入ってもらいます。

渡邉様:
アクセシビリティのことを専門に議論するワーキンググループがあるのですか。

曽山様:
はい、そうですね。

渡邉様:
それは参考になりますね。YCAMでは来館されたお客様がこの展示物に何分くらい立ち止まるかといった調査や、インタビュー調査などをときおり実施するので、今、未来館の取り組みを興味深く聞いていました。

YCAMは劇場のほかに展示スペース、映画上映ができるスペースなどがある複合的な施設であるうえ、作品制作も発表も両方おこなっていく必要があるため、展示物や作品に応じて客席のレイアウトを柔軟に変更していくこともあります。建物の使い方のセオリーが都度生み出されることはメリットもある反面、この手の実空間でのアクセシビリティを実現するには依然として手探りというか、後手に回っている状況です。ですから、もう地道にやっていくしかないなと感じています。

当事者とのコンタクトの方法には地域差もある

──では、続いてのテーマとして、地域との連携という文脈で、お感じになることはありますか?

工藤様:
現美で開催した「翻訳できない わたしの言葉」展では、来年にデフリンピックを控えていることもあって、手話付きのプログラムや、解説にも手話動画をつけるなど担当学芸員が積極的に取り組みました。

手話教室のサークルとか、関連する文化機関とか団体にも連絡をして、チラシを送ったこともあってか、普段より当事者の方が多くご来館されていた印象です。

こちらがいくらWebサイトを整備しても、届けたい人に見てもらえないと、来館していただけません。私たちは教育普及の活動が活発にあるので、学校や教育機関には直接案内をお送りできるつながりがあるのですが、特別支援学校や障害のある方に案内する方法はこれまでのところ、チラシの配布がメインで、もう少し広められるルートが欲しいなと思いました。

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渡邉様:
ターゲットとなる自治体の規模感の問題もありそうですね。YCAMでは去年、知的障害のある俳優を中心に活動するバック・トゥ・バック・シアターの作品を上演しました。彼らを講師に事前に開催されたワークショップも含め、来場者を募る際に、近隣の様々な福祉施設や作業所に直接コンタクトを取りました。YCAMの場合は気軽に来れる範囲に暮らす人々がそれほど多くないので、県や市など行政の協力を得ながらコンタクトを取っていきました。

確かに、Webサイトを改修したからといって即、来館につながるわけではないですから、こちら側から繰り返し、従来型のやり方というか、コンタクトを続けていくしかないなとは思いますね。

曽山様:
未来館は、周辺に元々住居が少なく、地域住民という意味でのつながりは少ないですね。お台場は観光目的の方が多く、日中に未来館を訪れて、夜は周辺の複合施設に行くというパターンが多いと思います。平日は学校などの団体のお客様、週末はカップルや家族連れが多くいらっしゃいます。あとは、海外からのお客様も多く、平日の団体客が帰られたあとは外国人がメインという感じです。

工藤様:
外国人観光客の誘致については、何か特別な取り組みはしているのですか。

曽山様:
東京の観光財団や旅行代理店と協力して海外向けの情報発信を行ったり、ニュースや情報番組など海外メディアの取材を受けたりすることはあります。あとはトリップアドバイザーのような口コミサイトを見て来館される方がいらっしゃいます。

──ありがとうございます。では、後編では公共文化施設ならではの情報提供の難しさや、美術館DXの現状、今後のWebサイトの役割の変化の展望などについて、お話をお聞きしたいと思います。

後編へ続く)

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